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足つぼ、疑問と解決
手術後、実家に帰りましたが、涙は止まりませんでした。
そして、そんな私に母から一言、
「いつまで泣いてんの?こっちの気が狂いそうなんだけど。迷惑だからやめてくれない?」
頭の中でゴングがなりましたよ。ただちにファイト開始。
「くそばばー!お前が中絶した分だけ、こっちが流産するんだよ!」
とか、まぁ色々と暴言の言い合い。手も足も出ました。
そして、すぐに自分の家に直帰しました。

悔しいのと、悲しいのと、母親に対する呆れと、グチャグチャで、しばらくの間、自分が何なのか分からない時期でした。
___________________________________

初めて、足つぼマッサージに行ったのは、何年も前、姉に連れられてでした。
興味だけで行ったのですが、「行き損」って感じで行くのを辞めました。
理由は、
「いやぁ〜、完全に冷え症だね、よく今まで生きてこれたね。」
みたいな事を言われ、悪いところを教えてもらったら…。
子宮、卵巣、膀胱、胃、肩、腰、その他たくさん。
“数打ちゃ当たる”じゃないか?って思った事が理由です。
今はもう、何度も何度も通っていて、足つぼマッサージの凄さを分かっているので、そんな風に思っていた自分が恥ずかしいです。
当時、足つぼは、「押されれば痛い。」だと思っていたのです。
「悪いところが痛い。」のだと、分かっていなかったのですね。

そして、流産後、姉に言われた、「あの先生、婦人科系にとっても強いよ。」
の一言で、やっぱり信じる事にして、もう一度通い始めました。
そして疑問をぶつけてみました。

私「ねぇ先生、わたし、子供産める?」
先「うん、産めるよ。産めない人に、嘘でもそんな事言えないもん。」
私「じゃぁ、なんで私より太ってる人は産めて、私はだめなの?」
先「そういう人は、腎が異様に強いのね。」
  あとは、脂肪はホルモンを食べちゃうからね。
  妊娠中は、休みなくホルモンが子宮に行ってないといけないから。」

東洋医学で言う『腎』とは、腎臓というのではなく、ちょっと違った意味で、生命力そのものだったりとか、色々あるので、調べてみると良いと思います。

私「じゃぁ、どうして冷え症だと子どもがもたないの?」
先「鳥が、どうして卵を24時間付きっきりで暖めるかっていうと、
  暖めないと産まれてこないからよね?
  だから、1分たりとも冷やしたりしない。
  人間だって暖めないとダメなのよ。
  赤ちゃんは、冷たいお腹の中を嫌うの。
  寒いところが嫌で、居たくなくて、出てきちゃうの。」

言われてみると当たり前の事なのに、私は全然分かってなかったんだ。
自分が赤ちゃんを殺したんだ、と思った。

平熱が35度の人、36度の人、様々ですが、私は低体温の35度付近でした。
36度5分を超えると熱っぽく、37度では話す事も辛いほど。
お風呂のお湯の一度の差って、かなり大きいですよね。
真冬なんて、ちょっとぬるくなっただけで、ブルブルしちゃう。
羊水の温度は39度前後だとして、やっぱり一度でも低ければ、赤ちゃんは寒いと感じるはず。
そんなお腹の中、居たいはずなんて無いんだ。

疑問は解決したので、あとは実戦するのみ。
それから、私の『冷え取り』と『ダイエット』と『自分で行う不妊治療』が始まりました。
これまた長くなるので、また今度。






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堕胎手術・死人のように生きる毎日
1週間後に病院に行くと、間違いなく心臓は止まっていました。
健診に来た時は、5か月と2日目でしたが、大きさが4か月と5日目位なので、死亡届も出さなくて良いし、お墓にも入れなくて構わないと言われました。
そんな事、淡々と言われてもねぇ。
と思いましたが、重要な事ですよね。
そして、主人も一緒に来てたので、手術の同意書を書いてと言われた。
よく覚えてないけど、「堕胎」とか「中絶」とかっていう文字がチラッと見えて、
「先生、私、流産なんですけど、紙間違ってません?」
っと聞いてみたら、
「やる事は一緒だから。」
っと、サラッと言われ呆然とした。
この先生、こういう人なんです、性格が。
だから、憎いとか、全然微塵も思ってませんよ。

次の日に入院し、その次の日に手術。
夕方に入院し、診察室で子宮口を広げる為にラミナリアを子宮口に挿入。
痛くないと聞いていたのに、馬鹿みたいに痛く「イテー!」って叫んだのを覚えてる。
そして、夜、また最初より太いラミナリア挿入。今度は分別室でだったので、かなり虚しくなった。
また痛かったけど、叫ぶほどでは無かった。

その日の夜は最悪でした。
夜勤の看護師さんが、
「眠れないでしょうから、コレ、眠剤。先生が飲みなさいって。」
と持ってきた。
即飲んだけど、眠れませんでした。
だって、産婦人科だもの、赤ちゃんの泣き声が響き渡るでしょ、切なくて苦しくて眠れないよ。
“産んであげられなくてごめんね。光を見せてあげられなくてごめんね”
そればかりで、泣いて一夜を明かしました。

いよいよ次の日の昼過ぎに手術。
付添い人は姉だった。
そして、姉の友達から姉にメールが来た、
「赤ちゃん、空から見守ってくれてるよ。ママ頑張れ!って」
と…。
泣けた。そして最後のママのお仕事、頑張るっよって誓った。
いよいよ手術開始。
「先生、私、麻酔の効きが悪いんだ。」
と告げていたので、注射の麻酔とガス麻酔の両方を用意してくれた。
テストで麻酔を少量打った時、
「あ、目が回ってきた。」
と告げると、
「寝ちゃって、今寝ちゃって。」
と、言われたけど、
「あ、覚めちゃった。」
って感じで…、でも注射での麻酔で続行。
途中、カチャカチャと言う金属音で、意識がハッキリしてきた。
そして、共に訪れた激痛。
「ちょっとちょっと、何やってんのさ!」
って位に痛かったので、横にいる助産婦さんの細い手を、折れる勢いで握りしめた。
「あとちょっと、あとちょっとで終わるからね。」
と、助産婦さん。
でも、先生は無言。
「本当は、まだまだなんじゃないのー!?」
と思いながら痛みとの闘い。
「おなか痛い、ウ○コしたい。」
と、何度も叫んでいた。
今思えば、笑いごとだし、病院でもきっと変人と思われたでしょうが、その時は必死でした。
手術後に鎮痛剤をくれた。何だろう?ロキソニンか何かだったのかな?半分に割って半分だけ飲ませてくれた。

そして、すぐ病室に戻らせてもらった。
「まだ歩けないよ。」と言われたけど、分娩室だし、隣には赤ちゃんがいっぱいいるから、泣き声で悲しくなるし、
「大丈夫です、歩けます。病室で少し寝させてください。」
と言い残し、病室に帰って寝ました。
約2時間、ゆっくり眠る事が出来ました。
流産を告げられて、初めてゆっくり眠れたと思う。
そして、目が覚めると、嘘のようにつわりは無くなっていて、空っぽになってしまったのだと、とうとう離れ離れになってしまったのだと、とてもとても悲しくなりました。

目が覚めるとすぐ先生が来ました。
「赤ちゃん、少し解け始めてきてたから、見せるのやめるね。」
と言われました。
どんな形でさえ、会って抱いてあげたかったけど、きっとあの子は、そんな姿を見られたくなかったのでしょう。
その後、姉と実家に帰りました。
手術代は、確か3万〜5万円だったと思う。

その後の事は、よく覚えていません。
ただ、「今までの当り前の生活」が出来なくなりました。
夜になったら寝て、朝になったら起きて、顔を洗ったり、歯を磨いたり、身支度を整えたり、ご飯を作ったり。
それ、全部が出来なくなりました。
やっていたとしても、記憶がないのです。
まるで死人のようでした。






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